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#1381/3141 るーみっく☆わーるど ★タイトル (CHM88424) 94/ 1/25 0:30 (146) BD大会>RE#1365 RE_2*2:話題のキス(?)シーン NIFTYより ★内容 【NIFTY-Serveより転載33】 >- FANPLN MES( 4):るーみっくわーるど(8)高橋留美子の部屋 - >00243/00246 PXH01472 にゃにゃ丸 RE^2:BD大会>話題のキス(?)シーン? >( 4) 94/01/24 14:45 00229へのコメント コメント数:1 L.WEDDING.さん、こんにちは。貴重なレスをいただけて、ありがとうござい ます。 特に、霜月たかなかさんのコラムについては、L.WEDDING.さんに引用していた だたいた箇所を利用したかったので、大変感謝しています。 ただ、押井監督の発言内容に関しては、先の書き込みに書きましたとおり、 僕の手元に原資料がないために、僕の記憶で書きました。もしかしたら、 L.WEDDING.さんのおっしゃる、アニメージュ本誌で読んだ記事かもしれません。 あやふやな記憶で指摘したことについては、関係者および、レスを頂いた方々、 そして僕の書き込みを読んで下さったすべての方々にお詫び申し上げます。m(_._)m それでは、L.WEDDING.さんへのお返事もかねまして、いくつか先の書き込みの うち、説明不足であったと思われる点について、補足させていただきたいと思い ます。 (1)「ファン」の定義について。 先の書き込みにおいて、僕が考えていた「ファン」については、「大多数」に ついてはSAMWYNさんの#233の書き込みとほぼ同様の内容を想定してお ります。つまり、 「大多数」:原作・アニメ『うる星やつら』を支える圧倒的多数の人々および、 事前に『うる星』情報を持ってはいないが、たまたまBDを見に来た一般観衆 (通常の映画ファン、と同義)。 ただ、「少数派」については、次のようなファンを想定しておりました。 「少数派」:ある意味で、ラムを“現実の”女性と混同しているようなファン。 もしくは、あたるやラムに感情移入をしすぎたあまり、ラムが自分の“現実の恋 人”であるかのような錯覚を持つにいたっているファン。 (2)あのキス(?)シーンが特定ファン向けの『試金石』ではないと考える理由 について(補足)。 まず、『映画』というメディアが想定する客層に注目する必要があるのではない でしょうか。本来、TVアニメ作品も映画作品も、それらのメディアが対象とする 市場は、不特定多数の大衆でしょう。ですから、興行作品として映画を作成する場 合、監督がどのような人々を観客として想定するかといえば、当然、そのような不 特定多数の大衆をターゲットとするものだと思います。ですから、たとえ『うる星』 が絶大な人気を誇る作品であっても、その映画が特定のファンに向けてのメッセージ (時にはラブコール)としてのみ製作されることはないものと僕は考えます。従っ て、その作品中の各シーンは、あくまで、一般大衆が見て自然な解釈ができるシーン として作成されるものと思います。僕にとっては、あのキス(?)シーンを『「うる 星」ファンに対する試金石』と解釈することは、より一般性のあるシーンを、わざ わざ一部のファンの間でしか通用しない"jargon"(普通の人にはわからないような 専門用語、って意味です)として解釈してるにすぎないのではないかと思うのです。 押井監督はあのキス(?)シーンに深い意図を含めはしなかったのではないかという 主張をしたのはそのためです。 (3)大部分のファンとって、「あのときラムとあたるがキスしようがしまいが、 作品としては、どちらでも良いことだ」と感じるのではないかと主張した理由(補足) 。 これは、次の(4)と関係しますので、(4)にて同時に説明します。(^_^;)ゞ (4)ラムに対して『女であること』あるいは『ファンが望むような虚像』を押しつ けたくなるファンというものは、絶対数としては数は少ないのではないかと考えてい る理由について(補足)。 まず初めに、僕がここで述べている『虚像』とは、かなり深刻な状態から生み出さ れる『虚像』を想定しているということをいっておかなければなりません。つまり、 この場合の『虚像』とは、『現実の女性に本気で向かい合うことをしないような男性 が、幼児のような傲慢さをもって、自分の思いどおりになる女性としての役割をアニ メキャラクターに割り振った結果、誕生した虚像(ラム)』ということです。「あー、 こんな女の子がいたらいいな」くらいの素朴なあこがれの対象としての意味ではあり ません。恋愛のリピドーのはけ口としての役割を、かなり屈折した形で押しつけられ たような『虚像』といっても良いでしょう。 ですから、上のような意味で、ラムに対して『女であること』あるいは『ファンが 望むような虚像』を押しつけたくなるファンが仮に存在するとしたら、「ラムを“現 実の”女性と混同しているようなファン」しかいないのではないか、ということにな ります。僕自身は、このようなファンは、当時も今もごく少数ではないかと思ってい ます。 次に、このようなファンが仮に存在するとして、彼らにとって「ラムとあたるのキ ス」はどのような意味を持つでしょうか?おそらく、彼らにとっては、「ラムとあた るのキス」というものは、「自分と理想の女性(未発達なアニマ、と解釈してもらっ て結構です)のキス」を意味するのではないでしょうか? つまり、ごく普通のファンにとっては、「ラムとあたるのキスシーン」とは、シー ンのひとつとして存在するとしたら二人を祝福してあげるけれども、別になくても作 品の価値が低下するものではないシーンという意味しか持ちません。でも、上記のよ うな『虚像』を押しつけるファンにとっては、あのシーンは必要欠くべからざる重大 なシーンということになるでしょう。(要するに、自分と理想の女性とのラブシーン なのですから。) 僕が先の書き込みにおいて、大部分のファンは「作品としての面白さを評価してい る」ではないか主張したのは、“大部分のファンにとって、ラムは恋愛の対象物では ない(というより、恋愛の対象たり得ない)。従って、多くのファンが『うる星』を 支持するのは、ラム(恋人)に会うためではなくて、純粋に作品がおもしろいがため である”と、いう意味でありました。ですから、僕自身としましては、一般のアニメ ファンを視野の外においたつもりはありません。このあたりの、書き足りない点が存 在したことにつきましては、お詫び申し上げます。m(_._)m ところで、押井監督が二人のキスに『試金石』の意味合いを与える意図であのシー ンを挿入するとしたら、その当時のファン心理の大半が上記のような意味合いで閉息 状態にある、と監督ご自身が考えていることが不可欠ではないか、と思います。SA MWYNさんの書き込みにございました、『押井監督が「結局、私のやっていたこと は自閉症の人たちに鏡を与えただけだった」』との感想は、僕もどこかで読んだ記憶 があるのですが、監督ご自身がこのような感想を持つに至ったのは、どちらかといえ ば、BD製作の事後的な結果にすぎないのではないかと、僕は考えています。 BDのパンフには、BD製作直後の押井監督のインタビューが載っておりますが、 これは、『うる星』のチーフ・ディレクターとして活躍中の頃の押井監督の心情に割 と近いものではないかと思います。少なくとも、このインタビューを見るかぎりにお いては、この当時の押井監督がファン心理にそれほどの危機意識を持っていたとは僕 には思えないのですが...、どうでしょうか? また、これはあくまで個人的な意見ですが、『うる星』という作品と上記のような 閉息した心理状態は、なんだか似合わないような気がします。つまり、『うる星』と いう作品の基本的なトーンは、そのような心理状態を生み出す病的なものではなく、 もっと明るくて健康的なものだと思います。 (5)>それはアニメとアニメファンの係りについてうる星を題材にしながら >述べたもので、うる星の男性キャラの批評とは違うものだと受け取ってい >ます。 この点に関しましては、僕の表現の方が稚拙でした。あの発言を引用した意図は、 まさに、『アニメ(うる星)とアニメ(うる星)ファンの係り』についての僕個人 の意見を述べたいがためでありました。m(_._)m (6)>上のアニメージュの発言も合わせて考えるとその「ファン」は=多数派を >意味してくると思うのですが、どうでしょうか。 う〜ん、記事の現物がないので、これだけでは何ともいいがたいのですが、あえ て僕個人の意見を述べるならば、『多数派のファン』がそのような感想を抱いてい たというよりは、『手紙を"実際に"書いたファンの多数』がそのような感想を抱い ていたと解釈した方がいいような気がしますが...。 (7)>寄せ書きが有る、という事は最終アフレコに立ち会われた訳ですか? 寄せ書きは、キティから頂いたものです(どういう経緯であったかは、もう忘れ てしまいましたが(^_^;)ゞ)。ですから、僕自身はアフレコに立ち会ったことはあ りません。今になると、一度くらい、立ち会ってみたかったなぁという気持ちはあ りますねぇ(苦笑)。 最後になりましたが、L.WEDDING.さん、今後ともよろしくお願いします。m(_._)m by にゃにゃ丸(PXH01472)