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#1761/3141 るーみっく☆わーるど ★タイトル (QKM33822) 94/ 7/10 1:41 (154) 小説>人魚「生々流転」1 altjin ★内容 【 生々流転 】 小説 ”人魚の森” ID:QKM33822 altjin プロローグ 花絢爛の夏の暮れ、通り過ぎ行く夕立の名残の香の一面に果て行く大地を眺めつ つ、川辺の土手に僧1人立ち尽くす。 「南無・・・」 浄土の様はかくあるかと思わず合掌する際に僧1人の若者の座り居るに気づく。見 ればその背中、何やら業深き気色にして、僧はさては自殺志願かと懸念した。 「・・・となりに座っても良いかな?」 シャリンと杖の輪を幽かなほど鳴らし。僧は若者のとなりへたたずむ。若者、ハッ と顔を上げ、人なつこく微笑み。 「ああ、どうぞ、御自由に」 僧、若者の気配をうかがいつつ端然と座る。若者は再び先ほどの憂いに浸る様子。 僧、しばし時を量り、そして問う。 「・・・花は好きかな?」 「あ、いや、別に好きってわけじゃ・・・」 若者ははにかむように笑い、ふとうつむく。 「いや・・・、嫌い、かな・・・。はかなさが目に見えるようで・・・」 「・・・なるほど。左様でもある」 僧はおもむろに彼の言葉と声と気配に自らを合わせつつ、ジッと目を閉じた。 「・・・死ぬのが恐いか。さりとて、生きるのもまた恐ろしきかな・・・」 若者はハッと顔を上げてマジマジと僧を眺め。やがてまたうつむいて。 「・・・まわりの人が・・・まるで砂の城の崩れるように、はかなく俺の目の前で しなびて、そして塵になって行くんだ・・・。いい奴も悪い奴も関係ない。金持ち も貧乏人も、権力者も犬のように追い立てられた人々もみんな・・・」 若者は自分を嘲るように笑って振り向いた。 「坊さんにはわかるかい? この、空気を抱くような空しさが?」 「湧太〜!」 不意に彼方より少女が駆けて来る。湧太と呼ばれたその若者はまるで何事もなかっ たかのように溌剌と少女に手を振り。 「真魚〜! そんなに急ぐとまた転ぶぞ〜!」 それから不意に湧太は振り向いてニッと笑う。 「坊さんはこの近くに住んでるのかい?」 「そこの」 僧は後ろの方の林より屋根ののぞく寺を指し。 「寺の一人暮らしの住職じゃ」 「じゃあ、そのうち土産でも持って行くよ。坊さんとはもっと話したいことがある から」 それから湧太は僧の横を立ち去りそして、真魚の元へと駆け出す。僧は何ほどの数 奇な人生を歩み来た若者かと、笠の面をやや上げてその背中を眺めつつ。杖の輪の また風に揺れてシャリンと鳴る。 1.林の中 「何だ、あのじーさん?」 さて夕飯の買い物の袋を手分けして湧太と真魚は歩きつつ語り合う。湧太は笑って 答えた。 「旅の坊さん、真魚、もっとちゃんとした言葉を覚えるのはどうしてもヤかい?」 「ヤだ!」 真魚は即答する。 「じーさんはじーさんだ。おじいさん、とかおじいさま、とかって、全然実感がな い」 「そうだな、情のこもってない丁寧さよりも情のある率直さの方がいいな」 湧太はクスクス笑う。真魚はムッと湧太をにらんだ。 「全然おかしくないぞ。お前最近変だ、湧太」 「・・・ああ、変だ」 優しく微笑みつつうつむく湧太が不意に遠くて、真魚は不安に顔を曇らせた。 「・・・湧太?」 「ん?」 湧太はいつものように口元に笑みを含んでまっすぐ真魚に振り向く。それで真魚は ただの錯覚だと自分に言い聞かせた。 「・・・何でもない」 「・・・何だ、これは・・・?」 数日して湧太は連れてけと聞かぬ真魚とともに寺を訪ねた。ところが、林のまわり をグルグル回っても、どうにも寺へ入る道が見つからない。真魚が寺の屋根を忌々 しげにフンとにらんで愚痴った。 「どっから見ても屋根は同じ大きさだな?」 「・・・仕方ない、林の中をまっすぐ行こう」 ところが、行けば行くほど草が丈高く生い茂り2人の前を阻む。しまいには湧太は 土産を真魚に持たせて、両手でやけに絡まる茂みをかきわけて進んだ。 「・・・まるで誰も来るなって言ってるみたいだ」 真魚はようやく大きく見えて来た寺の屋根をいぶかしげににらむ。湧太は無言で最 後の茂みをかき分けると、真魚の手を取ってやっと門前に出た。 「・・・」 崩れた門に比べれば寺そのものは廃寺と言うほどではなかったが、生き物の気配も なく重く澱む空気はむしろよけいに背筋をゾッとさせる冷たさで2人を出迎えた。 その時、寺の後ろからかの住職が背を丸めてやって来た。 「よう来られたな。疲れたであろう、さ、部屋へ」 その住職の無邪気とも言える笑みだけで冷たさは遠くへ下がり、湧太と真魚は初め てホッと気を許した。 「いろいろ食い物持って来ましたよ」 「わしの部屋へ来なされ」 さすがに中は人が住んでいるためにごく普通の寺の様子。しかし住職の案内する蝋 燭のあかりの届かぬ廊下の行き別れの闇は一種異様な重さを持っていた。真魚はそ の奥をジイッとにらんだまま立ち止まってしまった。 「・・・真魚? どうした、早くおいで?」 廊下の曲がり角まで来て湧太と住職も気づき戻り。真魚はブルッと肩を震わせ尋ね た。 「・・・一体何だ? この奥は?」 「・・・御仏の間じゃ。みだりに入ってはならぬ」 住職の優しい笑みとは裏腹に、その声には強い禁止の響きがする。気遣う様に湧太 は真魚の肩をクイッと引き寄せた。 「さあ、行こう、真魚。仏の眠りを乱すとバチが当たるぞ」 「・・・左様。寺が古びて危ない故、近所の子たちには、勝手に入ってイタズラな ぞすると御仏に食われてしまうぞ、と厳しく言っておる」 澱むような住職の目に瞬間、ゾクッとするものが湧太と真魚を捉えた。しかし、そ れも次の瞬間には住職の大笑いで霧散してしまった。 「おかげで寺はこの荒れようじゃ! なに、静かは良いのじゃがのう!」 「さ、行こう、真魚」 カッカと笑いつつ歩き出す住職を追って、湧太と真魚も歩き出した。 「人魚の肉を食った、とな・・・!?」 住職の瞬間の驚き様は湧太の見覚えのあるそれだった。 「・・・知ってるんだな、坊さん?」 「あ、い、いや・・・」 あわてて茶をズズ〜ッと飲んだ住職はもう常の平静さに戻る。 「昔諸国を修行して回った時に話を聞いただけじゃが、まさか、本当に食って不老 不死になった者がおるとは・・・」 住職はマジマジと湧太を見つめ、そして恐る恐る真魚を見つめる。真魚はにらみ、 今一度振り向く住職に湧太はうなずいて見せた。 「俺はもう5百年、真魚もそうだがまだ見かけ通りしか生きてねえ」 「5百年・・・! なるほど、それで・・・」 住職は手を組んでうつむき。 「・・・なり損のうても悲劇、なり切れても悲劇・・・」 「それでも不老不死になりたがる奴は後を絶たねえ」 湧太は吐き捨てるように言う。 「なあ、坊さん・・・。終わりのある人生って、そんなにつれえものなのか? 俺 はあまりに長く生き過ぎて、最近思い出せねえんだ、そんな簡単なことが」 「左様じゃのう・・・」 住職はフッと笑う。 「・・・ダイエットを気にしながら食べるケーキ、と言えばわかるかな?」 「わかるよ。太るのはヤだから」 真魚が即座にうなずく。湧太も笑ってうなずいた。 「ああ、そうだな。俺も何人かそういう女の子と親しかったことあるから」 「無心の喜びに死の影が差せばすでにそれは空しい・・・」 住職の言葉に湧太もまたうなずいた。 「永遠の命も、ただその空しさを無限に引き伸ばすだけだ」 「・・・結局、流れ行くものはすべて流れ行くのじゃ」 住職はソッと目を閉じ。 「人々は悲しみを流し喜びを引き止めようとあがくが、引き止められた喜びはまさ にそのために悲しみに転ずる・・・。それはただちに古くなる、新たな喜びの入る 場所を塞いだままで」 「・・・愛は不可能なんだろうか? 永遠の愛は?」 湧太の問いは風に舞う、住職はうなずいた。 「『もの』への愛はみなすべて悲しみで終わる。因果によって来たものはまさにそ の因果によって去るのが定めじゃ」 「・・・泣くな、湧太」 真魚が湧太にすり寄ってジッとのぞき込む。湧太はクスッと笑い。 「泣いちゃいないよ、別に」 「私は『もの』じゃない。この想いは『もの』じゃないぞ、湧太」 真魚は真魚なりに一生懸命慰めようとしているのだ、湧太は真魚の髪を撫でてやり ながらしかし優しく首を振った。 「人は『もの』しか見えない、『もの』に入ってない想いは誰にも見れないんだ、 真魚。お前がいなくなったら俺はつらい。それが俺を不安にする」 「・・・そんな先のことなんて知らない。そんなこと考えるヒマがあったら、私な らもっとお前を、今生きているお前といっしょにいたい、湧太」 真魚は湧太の生命を感じ取るかのようにもっと身をすり寄せた。住職がボソッとつ ぶやいた。 「『もの』を操る人形使いはたった1人じゃ。『もの』は彼を見る窓に過ぎん。誰 が誰を愛するのか、そこに答えがあろう」