SIG るーみっくわーるど SIG るーみっくわーるど」は、漫画家 高橋留美子先生(るーみっくわーるど)の作品が好きな仲間が集まっているグループです。 るーみっく好きなメンバー間コミュニケーションのためのチャットや掲示板の提供、るーみっく系イラスト・小説・リンク集の公開などを行っています。 オフ会も不定期に開催されています。1992年6月にPC-VAN上で誕生した歴史あるグループです。
ホーム | About | 新着・お知らせ | フォーラム | ライブラリ | チャット公開ログ | メンバー紹介 | リンク | Copyright
投稿日時:1994/ 7/10 1:44 投稿者ID:QKM33822
#1762/3141 るーみっく☆わーるど
★タイトル (QKM33822)  94/ 7/10   1:44  (127)
小説>人魚「生々流転」2 altjin
★内容
  2.仏の間
「・・・」
話し込む湧太と住職の隙を見つつ真魚はソッと部屋から消えた。持ち出した蝋燭に
廊下の角で火を灯し、後ろの部屋の気配の変わらぬのを確認してから静かに歩を進
めた。
(・・・あの仏の間、危険な匂い・・・でも、まるで助けを求めてるようにも聞こ
えた・・・)
血が引かれるのか、それとも御仏が本来あるべからざる人魚を取って食おうと言う
のか、いずれにしても真魚は生来の向こう見ずだったし、止められるのは嫌なので
湧太の助けは借りたくなかった。
(呼ばれたのは私・・・湧太はあまりに死から遠くなり過ぎてこの匂いに気づかな
いんだ、きっと・・・)

「・・・」
仏の間の重い木の戸は半ば開き。幽かなあかりに揺れる足元の影、住職のごく最近
ここへ入ることを告げ。真魚は光の輪をソッとその中へ置く。キュッと小指までも
固く握り真魚は自身をも中へ置く。
『御仏に食われてしまうぞ』
下より照らす仏像の柔和な顔は魔の如き影に縁取られ真魚を見下ろす。不意に住職
の言葉思い出して真魚はゾクッと震え。首を振り。恐れを払い真魚は今一度仏像を
にらみ上げ。
「・・・!」
仏像の後ろに陰動き、後光の条より照らし返す幽火見えて。真魚は思わず後ろに下
がる。すなわちメキと音高く床割れたちまち鳴動とともに部屋は傾きそして崩れ。
ハッとかざすあかりに仏像のこちらへ倒れ来る様が見え。
(御仏に・・・食われるっ!?)
その刹那真魚は仏像の肩越しに、壁につなぎ止められる『もの』の咆哮するを見。
「なっ・・・なりそこないっ! どうしてっ・・・!」
その声御仏に押しつぶされ。あかりは塵にまみれ消え。真魚の薄れ行く意識を見る
2つの目だけが光っていた。

「どうしたっ、真魚っ!!」
轟音にあわてて湧太と住職仏の間へ駆けつけ、倒れた仏像の下から出る手を見つけ
た湧太は必死の形相であわてて仏像を除け、瓦礫を掘る。住職のかざす蝋燭のあか
りにようやく真魚の青ざめ汚れた顔の浮かぶ。
「真魚っ! 真魚っ!!」
泣きそうな顔で揺する湧太の一振り、二振り、そして三振り目でようにして真魚は
目覚め、ニッコリ湧太に微笑む。
「良かった・・・。御仏に食われたかと思った・・・」
「バカッ! 何で勝手にここに入ったんだっ! 古びてて危ないって坊さんが言っ
たじゃないかっ!」
涙声で怒る湧太の問いに真魚はかの『もの』を思い出し。
「・・・湧太っ! なりそこないだっ! 仏像の後ろにいた!」
「なっ・・・!?」
湧太はギョッと住職に振り向く。住職は答えずに壁に空いた大穴を見つめ。
「・・・左様。『本当に不老不死になった者』は初めてじゃが、『なりそこない』
は2人見た。1人はわしの師匠、1人はわしの兄弟子・・・2人ともわしが食わせ
た」
「・・・あんた」
湧太、呆然と立ち上がって住職を見つめて。

「何をしとる? 逃げた『あれ』を殺さねばならん!」
住職、不意にハッと我に返り湧太に一喝する。
「武器はわしが持って来るゆえ、おぬしらは『あれ』を追い詰めい!」
仏の間より駆け出す住職の速いこと風の有り様、唖然と立ち尽くす湧太の袖を引っ
張るように真魚は立ち上がる。
「私は腕が片方折れただけだ。行こう、湧太! あいつが林を抜け出す前に!」
「あっ・・・、ああ、そうだな!」
真魚の厳しい表情に湧太もようやく決意の顔でうなずき、壁の穴より木々越しに見
える満月をにらむ。

 月の光に夜花芳しくなまめかしく萌える若草を踏みわけ急ぐ足、すでに人の形を
とどめず、何の導きにか崩れた門の片側をさらに崩しつつも寺外へ飛び出す。追い
来る足音に逃げ場を求めるとも頑なな茂みに阻まれて得ず。
「あの林、来る者を拒んでたんじゃなくて、出る者を拒んでたんだな」
門のところまで来て立ち止まり『なりそこない』の気配をうかがう湧太に真魚がつ
ぶやく。湧太もうなずき返し。
「どっちにしても好都合だ。真魚はそこにいろ! こいつで何とか・・・」
湧太、門の閂の残骸らしき木の平棒を取り上げ、ジリと歩み寄る。なりそこない、
出るは諦め振り向いてシャァと威嚇し。
「・・・食らえっ、化け物っ!!」
湧太、ダッと飛びかかる。しかしすでに朽ちた棒は『なりそこない』の一撃で砕け
散り、その破片に思わず顔をそらす湧太はたちまちのしかかられ倒れる。
「くっ・・・!」
「湧太っ!」
あわてて飛び出さんとする真魚の行く手を阻むように杖の飛びかすめて湧太の近く
に刺さる。ギョッと振り向く真魚に住職はうなずき。
「それを使うが良い! 御仏の加護があろうぞ!」
「あっ、ありがてえっ!!」
湧太がそれを引き抜くのを見届ける程もなく僧は一心に経を唱える。何ほどの効果
か、不意に『なりそこない』の動きに迷いの見え始め、抜ける力に湧太は蹴り上げ
る。
「食らえっ!!」
下より突き上げる杖は狙い違わず再び襲いかからんとする『なりそこない』の口を
抜け首より吹き出し。断末魔の叫びは飛ぶ血しぶきに泡立ち、あわててよける湧太
の横にそのあがくが如きエクスタティックな痙攣に震える巨体を崩す。

「舎利子よ、流れ行く現象には何ら永遠の実体なく、永遠の実体のないゆえに流れ
行く現象となる。現象がそのまま御仏の実体であり、御仏の実体がそのまま現象で
あり、ゆえに人のすべての行為もまた御仏の実体である。逝くべし、逝くべし、超
えて逝くべし、すべてを超えて逝くべし、汝、大いなる目覚めへと。ガーティ、ガ
ーティ、ハラガーティ、ハラソウガーティ、ボーディスヴァーハ・・・」
すでに命なき骸の前に端座して住職はなお一心不乱に経を唱え続ける。湧太はその
背に侵し難い威厳を感じながらも聞かずにはいられなかった。
「・・・あんたの・・・師匠なのか?」
「・・・そうじゃ」
住職は背を向け数珠を倒れ伏す者に拝み合わせたまま答えた。
「・・・師匠は不治の病に倒れられ、わしが藁にもすがる思いでようやく人魚の肉
を手に入れ、出した。なりそこないのことは知っておったが、よもや師匠の人徳な
らば、と思ったのは若さゆえのしかし一生償い切れぬ罪・・・先に盗み食いした兄
弟子の変化を見て、変化のゆるやかであった師匠はしかしわしに『殺せ』と命ぜら
れた。が、いかにして自分自身以上に敬愛する者を我が手にかけられよう? 『な
らば、せめて御仏の後ろにわしをつなぎ止めて、後世への戒めとするよう』、師匠
の決意は固く、わしは泣く泣くそうした・・・」
「・・・」
湧太も真魚も返す言葉もなく悲痛な面持ちで住職の背を見つめるばかり。ようやく
にして湧太がつぶやく。
「・・・『窓』だったんだな、あんたにとってはその人が」
「・・・左様」
住職の背はすべてを受け入れた乙女の如き穏やかさと厳しさを漂わせていた。

  エピローグ
「・・・いーのか、湧太? あのじーさん、あのまま断食か何かして死ぬつもりだ
ぞ、きっと」
すぐに来た朝の霞みに紛れるように湧太は無言で真魚を連れ林へ出る。靄の海より
突き出す寺の屋根を振り返りつつ真魚がもどかしげに言った。
「・・・真魚は、もし俺が突然『なりそこない』になったりしたら、まあ、まずと
にかく殺すとして、それからどうする?」
冗談なのか本気なのか、湧太は優しく微笑んで尋ねる。真魚はウッと詰まって前を
向いた。
「・・・わかった、もう何も言わない」
「・・・『もの』はどれだけ変わっても変わらない何か、それこそが本当の『永遠
の命』なのかも、な。不老不死とかに関係なく」
湧太は林を靄を抜けて見えて来た青空と太陽を見上げて誰にともなくそうつぶやい
た。真魚はそんな湧太を不思議と頼もしげに見上げたのだった。

【 生々流転 】終わる
前の投稿:#1761 小説>人魚「生々流転」1 altjin
この投稿:#1762 小説>人魚「生々流転」2 altjin
次の投稿:#1763 考察>RE#1758,9 申し訳ない(^^; altjin

フォーラム過去ログ一覧へ戻る

Copyright © 1993-2005. SIG るーみっくわーるど
このページにある投稿文章は、各投稿者に著作権があります。
このサイトで公開されている全ての文章・画像などを許可なく転載することを禁じます。