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投稿日時:1994/12/30 1:44 投稿者ID:VGJ14895
#1995/3141 るーみっく☆わーるど
★タイトル (VGJ14895)  94/12/30   1:44  ( 92)
考察>(「なびき対火車王編」:その2)   雨宮伊都
★内容


  II クロコダイルの涙?


 私は大声でいいたい。涙ぐらい危険で、ごまかされやすいものはないと警告を発した
い。
                              飯沢 匡[ただす]


 (これよりなびき対火車王編の考察。テクストは無論、『らんま』単行本第29巻PA
RT.9〜11。)

 第一話はひとまず措いて、第二話「借金王VS借金女王」中、おそらく多くの方々に
とって甚[いた]く印象的であったでしょう、あの、高級ホテルのロイヤルスイート内
でのシーンから。−−火車王相手の10円勝負、そのあまりなエスカレートぶりを見張り
役の乱馬とあかねに責め詰[なじ]られたとき、なびきが「ぽろっ」と滾[こぼ]した
涙、ついで洩らした意外な言葉。

 「初恋だったの…」

 これを聞いた乱馬・あかねは、目に不信の色をあからさまに出し、無言でただ互いに
顔を見あわせたのでしたが……皆さんは如何だったでしょう? 彼女の涙、告白、それ
に続いた「はじめてお金抜きでつきあえる男[ひと]だと思ってたのに……」という言
葉を、どうお受けとりになりました? けだし大きくは二派に分けられましょう、乱馬
たちのように疑いの眼で見られた方々と、涙をともなった告白なれば素直に信じたいと
思われた方々とに。

 かくいう私は、しかしながらこのいずれにも厳密には属しません。このシーンでのな
びきの台詞[せりふ]を鵜呑みに信じこむのは、丸ごと疑ってかかるのと同じくらい、軽
率で危険だと考えます。韜晦者の言行とは往々にして、本気と嘘とが複雑に絡[から]
みあった心理に裏打ちされているもので、偽悪的韜晦者とあればなおさら、時にあしざ
まに捻[ひ]ねくれ者、天邪鬼[あまのじゃく]とも呼ばれかねないほどなのです(当
たっていますが)。涙ながらに「初恋」とは、いかさま信じがたい。想い起こしてくだ
さい、乱馬ミーツ・マザー編「決死の団らん」でのなびきを。人前では決して本物の泣
きを見せぬ少女、彼女はそうでなかったでしょうか? とはいえ一方でまた、口にした
こと全てが嘘とも見做[みな]しきれず、「お金抜きでつきあえる男」を求めていたの
は本当だったやも知れぬ、とも思われるのです。本音らしく聞こえぬよう、思われぬよ
うわざと空々しい涙を滾してみせながら、まさに偽らざる心を述べる、といったややこ
しい面を私は、ひな子先生家庭訪問編での彼女に見いだした気がするゆえに(「必殺!
愛の逃避行」最終ページ二コマ目。曰く、「私は最初からおとうさんを信じてたわ。」
−−この台詞の詳しい釈義については、拙論「Nabiki Unveiled」を参
照されたし)。

 なびきの心境を推[お]しはかる手がかりとして、実は涙よりも注目すべく、信用し
うるものがあることを私は指摘します。落涙直前の容子[ようす]をご覧ください(1
63ページ)。乱馬とあかねに譴責されると彼女は、二人に(かつは、われわれ読者に
も)背をむける恰好で鏡の前に立ちます。その次のコマで、「いざとなったらやつと差し
違えてでも…」とつぶやきながら鏡の中の金之介の姿、室内の備品・家具を好き放題壊
しまくるさまを睨[ね]めつけている、同じく鏡中の映像として描かれた彼女の顔に皆
                                    ```````````````````
さんの注意を喚起したいのです。憎悪とおぼしきものの露わな、鬼面にも喩えつべきそ
の表情。読者[われわれ]は、かくまで険[けわ]しい面相を彼女から見せられたこと
が経[かつ]てあったでしょうか? これに比べたら、彼女の他のシリアスめかした顔
の表情は、そのあらかたが芝居くさく感じられはしますまいか。この顔にこそ、本シリ
ーズ全話通じて最もなまなましい感情が表出している、として間違いないでしょう。に
も拘わらず、まこと彼女らしいことに誰にも直接さらしてはおらず、あくまで鏡に映っ
た像なれば、本人が見られる(見せる)のを意図したか、また乱馬たちが実際に気づい
たかどうか判らない(しかし作者は、少なくとも読者にのみは素顔と悟らしめるべく意
                                            ``````
図して描いたのではないでしょうか?−−ひな子先生家庭訪問編においてのごとく)。
結局どこまでも頑[かたく]なに、ストレートな形での真情吐露は拒んでいるのです。
そして次のつぎのコマ、「許せないのよ…乙女心をふみにじるあいつのタカリ根性が…」
と語る彼女は斜め後ろからとらえた実体の頭部・左肩しか描かれず、その表情を読みと
ることができません。私はこのコマが、(ひとつ)前のコマ「鏡の中の鬼相」と次(のペ
ージ劈頭[へきとう])のコマ「乙女の落涙」とに挟まれている点に意味ぶかさを感じ
ます。ここで「わざと見せるための涙」が準備されていた、と考えてはどうでしょう?
おのが心を韜晦するための泣き顔を作っていたのだと。

 さて、私は「鏡の中の鬼相」に、憎悪とおぼしき感情を認めたと述べました。あるい
は恨み、あるいは瞋恚[しんに]。この点は皆さんも頷いていただけると思います。で
は、なにゆえの憎悪か? 大金をたかられたから、守銭奴としてのプライドを損なわれ
たからだとおっしゃる? 単にそれだけの理由だとすると、第一話最終コマでなびきが
「燃え」ながら言った、「乙女心をふみにじる極悪人…」とは、莫迦ばかしいまでに誇
張された表現、畢竟笑いとばすべきギャグに過ぎぬのでしょうか。この引用によっても
お判りのように、彼女は「乙女心をふみにじる」というフレーズを二度くり返し用いて
います。これは、あながち滑稽な冗談とは見做しきれないと思うのです。

 私は、なびきが金之介に10円勝負を申し込んだのは、自分の行動のせいで借金づけに
なってしまった家族への償いの意味も無論あったでしょうが(外面的には一向に済まな
さそうな容子をみせないのが彼女の性格の素直でないところ)、第一にまず、おのれの
「乙女心」を裏切り、傷つけさった相手への復讐を果たすためであったと考えています。
そしてその「乙女心」とは、「守銭奴魂」を偽ってそう称し換えたのではなく、まこと
に「お金抜きでつきあえる男」を希求する心であったはず。

 せせら笑いが聞こえてくるようです−−ハ、傷つけられた「乙女心」のための復讐劇
ねえ? 本気でそう信じてるとしたら、お前のほうこそ「心根おめでたい」限りだ!−−
そう確かに、なびきの中の「乙女心」の存在をはっきりさせないことには、私の見解に
はいくばくの説得力も添うまい道理。では、次章でそれを試みてみましょう。


                               (その3へ続く)
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